月別アーカイブ:2016年09月

  • 2016/09/26無職

    小人閑居して不善をなす ショウジンカンキョシテフゼンヲナス記憶が定かでは無いのですが、学生の頃に誰か大人にこの言葉を教わったような気がします。小人、つまりつまらない人間がヒマを持て余すとロクな事を考えない、悪事をはたらく、というような意味あいで、勉強しない子供や働かない大人に説教する時に便利ですね。無職でゴロゴロしてる人間なんてまさにこれで、そのうち犯罪にでも走るんじゃないの?とトンでもない偏見を...

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  • 2016/09/22配当・株主優待

    今回の記事は配当金生活の核心に触れる部分があります。その前に過去の関連記事をお読み下さい。過去記事1:高配当株を買うタイミング(年単位の買い場)について過去記事2:高配当株ポートフォリオの維持の問題について(減配の可能性)過去記事で株価と配当利回りの関係について触れています。2004年から現在までの日経平均株価と単純平均の日経配当利回りの推移は以下のようになっています。過去記事1で、「見せかけの高配当...

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  • 2016/09/20投機論

    これは難しいところです。株式投資(裁量取引)をやる人の8~9割が負けて終わるというのは、トレード行為そのものに人間心理に対するワナが仕掛けられているからです。関連記事:株式投資で勝てないのは人間心理のせい勘のいい人はすぐにこれに気が付きますが、退場するまで気が付かない人もいますし、何年経っても気が付かないのんきな人もいます。このあたりは確かに勘やセンスの問題かもしれませんが、この程度の事ならもし株...

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「小人閑居して不善を為す」の意味を誤解しているかもしれません?

小人閑居して不善をなす ショウジンカンキョシテフゼンヲナス

記憶が定かでは無いのですが、学生の頃に誰か大人にこの言葉を教わったような気がします。

小人、つまりつまらない人間がヒマを持て余すとロクな事を考えない、悪事をはたらく、というような意味あいで、勉強しない子供や働かない大人に説教する時に便利ですね。

無職でゴロゴロしてる人間なんてまさにこれで、そのうち犯罪にでも走るんじゃないの?とトンでもない偏見を持たれたりするかもしれません。


しかし調べて見ると、どうも本来の意味は違うようです。

出典は「四書五経」のひとつ「大学」で原文は、

君子必慎其独也 小人閑居為不善 (君子はひとりの時でも身を慎み、小人は人が見てないと悪事に走る)

となっています。

悪事と言えば大げさですが、人間は人目が無いとサボりがちというぐらいの意味なら頷けますね。

ってこれ全然意味が違うじゃないですか。

「閑居」の閑はヒマという意味ではなく間居、独居という意味らしいです。

「閑(ヒマ)」「不善(悪事)」という言葉の力(イメージ)が強すぎて、誤用の方が拡がって完全に定着してしまったようです。

早期リタイアしてヒマそうにしてるとこの言葉を持ちだして説教されるかもしれませんが、その時はこの知識で正しい?意味を教えてあげて下さい。

まあ実際ゴロゴロしてロクな事を考えてないので、何の解決にもなってない気がしますが……君子にはなれませんがちょっとは身を慎んだ方がいいかもしれません。

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「見せかけの高配当」期間に警戒

今回の記事は配当金生活の核心に触れる部分があります。

その前に過去の関連記事をお読み下さい。

過去記事1:高配当株を買うタイミング(年単位の買い場)について
過去記事2:高配当株ポートフォリオの維持の問題について(減配の可能性)

過去記事で株価と配当利回りの関係について触れています。

2004年から現在までの日経平均株価と単純平均の日経配当利回りの推移は以下のようになっています。


2211_convert_20160922121457.png


過去記事1で、「見せかけの高配当」期間と、「真の高配当」期間について書いています。

今現在がどちらの期間かと言うと、やや「見せかけの高配当期間」に入ってきたかな、という感じがします。

警告と自戒の意味でこうやって記事を書いておくのですが、東証1部の大型株に高配当株が増えてきたにも関わらず買いが入らない(高配当が放置される)のは、景気と業績の先を読んだプロが買ってこない、あるいは積極的に売りに回っているからです。

有名な大企業が割安高配当で放置されている、と思って素人が喜んで買いに行ったら、そこがプロにとっての売り場だったりします。

しかし高配当株が増えているのは確かなので、配当金生活の趣旨から言っても高配当株を買ってはいけないという意味ではありません。慎重に個別株の内容を吟味するべき時期に入っているという事です。

昨年末に過去記事2を書いた時に比べると、日経平均がピークを過ぎた事が鮮明になってきたので私の方針も決まってきました。これ以上の株価下落があっても配当を貰いながらやりすごせるし、もし再び株価上昇に向かう事があっても十分恩恵を受けられるポートフォリオ作りを目指しています。これが配当金生活の理想形の一つでしょう。

予想は往々にして外れるものですし、配当金生活は景気に関わらず株を買って持っておくのが基本姿勢です。とにかく業績悪化と減配の可能性については十分考え尽くして銘柄選び、売買方針の決定は行うべきでしょう。

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株式投資に勘やセンスは必要か?

これは難しいところです。

株式投資(裁量取引)をやる人の8~9割が負けて終わるというのは、トレード行為そのものに人間心理に対するワナが仕掛けられているからです。

関連記事:株式投資で勝てないのは人間心理のせい

勘のいい人はすぐにこれに気が付きますが、退場するまで気が付かない人もいますし、何年経っても気が付かないのんきな人もいます。

このあたりは確かに勘やセンスの問題かもしれませんが、この程度の事ならもし株式投資の学校があったら最初に教わるレベルの事かもしれません。しかし初心者向けの教材でそんな記述を見た事はありません。

勘やセンスを問う前に、トレードのやり方の教育法が確立してないだけの話じゃないかと思います。

株の値動きは物理法則でもなんでもないのに、チャートには不思議と物理法則に似たパターンが現れる事があります。これは人間の考える事にはパターンがあるからです。

訓練を受けていない人間は、局面局面で必ず決まった行動を取ります。自分で考えているようで、実は反射的に行動しているだけです。

江戸時代の米相場の技法がいまだに通用する場面がある事を考えると、おそらくこの先何年たっても人間の行動パターンは大して進歩しないでしょう。

人間心理の裏を取るという意味では、うまく行った詐欺は一種の芸術に見えます。心理の死角を突くという意味では手品もそうです。

うまくいったトレードも一種の芸術に見えますから、そういう意味では株式投資にはアートとしての勘やセンスは必要なのかもしれません。

しかし考えてみれば、手品はある程度のレベルまでは学校などで教わる事が可能です。詐欺の学校は無いでしょうが、オレオレ詐欺などは手口をカリキュラム化して教えているはずなので、これも教わる事ができます。

同じようにトレードも単なる技術として学校で教わる事は可能なはずです。ある程度のレベルまでは。

勘やセンスが問題になるのは義務教育卒業レベルに達してからですね。そこまで学習が進まないうちに勘やセンスを語るのは違和感があります。

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