私が考えるおカネの価値はシンプルで、おカネとは行動の自由を保障するものだと思っています。

おカネがあれば最低限飢える事もありませんし、やりたくない事はやらないでいい自由があります。おカネが無くても出来る事は多いですが、おカネが無ければ出来ない事もあります。

自由を購う以上の金額は必要ありません。目標が無いと、今度は意味も無くおカネを稼ぐ事が目的化して、逆に自由を縛る事になります。

しかし過剰な金額が必要ないからと言って、目標金額をシャカリキになって貯め込んで、死ぬまでにおカネを使い切る事を目標にしてしまうと、これはこれで窮屈な話だと思います。

ポイントは行動の自由です。

専業投資家というのは、うまくおカネが回ってる間は究極に自由な生き方です。

専業投資家を続けるには種銭が必要です。

この種銭はおカネであっておカネではありません。商売のために必要なものですから、漁師にとっての漁船、農民にとっての田畑、運送屋にとってのトラックのようなものです。

おカネに困ったからといって、それらを換金してしまったら明日から商売が出来なくなります。

専業投資家にとってはおカネは使うものでは無く殖やすものですが、これは商売人が商売道具を換金して使い込むことは無いのと同じ事で、別におかしな事ではありません。

生活費プラスアルファを稼ぐための種銭があれば良いのです。それ以上の余剰金が出来るようなら使い方は人それぞれ。

だから私の場合商売に差し支えない範囲ならばどんどんおカネを使っていくと思うので、意味なくなんのために稼いでいるのか?という状態にはならないと思います。

ハタから見るとそんな大金をどうするの?と思えるかもしれませんが、本人の意識はまったく違って必要な種銭を使って得た利益の範囲内で有意義に使っているのです。

結局、なんのためにおカネを増やすのか?という問いは何のために働くのか?という問いに繋がり、意味も無くおカネを増やしている人は、意味も無く働いているという事なのでしょう。

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