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昔からどケチは嫌われる?守銭奴の戦国武将の話

どケチのカテゴリを作りました。
どケチの戦国武将、岡左内(おか さない)の話です。ウィキペディア:岡定俊

ケチで有名で、利殖の才能があった人です。
はじめ蒲生氏郷に仕え、のちに上杉景勝に仕えました。
武将としても優秀で、会津地方の大名が蒲生から上杉、また蒲生と変わっても左内が仕官に困ることは無かったという事実がそれを示しています。

部屋中に金銭を敷き詰めて、その上で裸になって昼寝するという奇行が当時から有名で、同僚からはもれなく嫌われていたようです。

ただ同僚の多くが彼にゼニを借りていました。ケチを批判する人に限って、たかり癖があるというのが現代にも通じるものがあります。

関ヶ原の戦い後、敗れた上杉家が会津を去るにあたり、同僚たちはパニックにおちいります。左内が上杉家を退去する前に、借金の取り立てに来ることを恐れたためです。

家中の混乱を恐れた家老の直江兼続が左内に直談判にやってきます。

このあたり世界恐慌の時、空売り王リバモアに対して、銀行家のJPモルガンが愛国心に訴えて空売りを控えるように要請したエピソードが連想されて笑えます。リバモアは空売りを控えました。
左内も借金の棒引きにこころよく応じ、証文を全て焼き捨てたと伝わっています。
買いにまわって利益を得たリバモアと違って金銭的な見返りはありませんが、奇人としての名声は得ました。

左内はただの守銭奴の変人ではなく、金銭に対して独自の哲学を持っていたようです。
人に嫌われがちな蓄財家=どケチですが、カネの価値と使いどころを知っている人もまたどケチの中にいるという話です。
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